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映画「ワンネス」 現地調査

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 大学受験で大きな失敗をしたことに気づきます。英語を勉強しなかったことではありません。××工業大学とか名前を見て決めたのです。
 高校受験では現地調査をしたのに、それを怠ったのです。というのも高校紛争があって将来のことなどどうでもよかったのも理由でした。
 なので浪人生活に入ったとき予備校の友達と大学巡りをしました。そのとき初めて上智に理工学部があることを知りました。しかもカトリックです。外に一つ、内にひとつ、合計二個の教会までありました。
「神の性質を知るヒントが沢山ありそうだ。この大学にしよう」
 こうして志望校がやっと決定したのです。
 追い風も吹きました。私立理系は数学・物理・英語の三科目が普通ですが、上智の理系は化学も受験科目に入っていました。化学には自信がありました。そしてなんと言っても4科目になったことで英語の比重が減ったのです。
 一緒に見て回った友達は電気通信大学が第一志望でした。僕は現役時代にそこを受けて落ちています。彼は言いました。
「電気通信大学よりも上智のほうがチャラチャラしていて森田君に合っているよ」
 受験の日が来たのですが、僕は大風邪を引いて薬の副作用で耳がほとんど聞こえない状態でした。頭もボーとしています。
 合格発表には父もついてきました。僕は叫びました。
「あった〜、2025番って載っている」
 父も喜んで大学のカフェでケーキセットを食べようと言いました。メニューにあったのは
「なんだ、この大学のカフェにはビールがあるのか」
 はい、僕の在学中はずっとありました。
「よーお姉ちゃん、一杯やろうよ」(笑)
 酔ったまま授業に出る人も少なくありません。
 えっ、ここは厳格なカトリックの大学じゃなかったの?
 友達は電気通信大学に入りました。ある日上智に遊びに来ました。
「僕の大学なんて調布の田舎で女子はいないし…。しかしここはいいなあ、チャラチャラして」
(続く)

映画「ワンネス」 高校時代のまとめ

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 やはり、まとめを書きます。
 なぜなら、もう一度あの頃に戻れと言われたら、以下のことが出来るのか?…が問題だからです。
●ブルマで高校が決められるか
●立川駅でUターンできるか
●英語で1が取れるか
 普通に読むと「頭がおかしい」と言われそうです。
 特に英語の1が難関です。
 英語の勉強を拒否して誰がほめてくれますか?
 神様だってこう言うかも知れません。
「学生としてのやることやってから俺のところにこいよ」
 はい、そうだと思います。
 目の前のことを一生懸命にやることが神の世界に通じることです。
 でもね、そんな神様なら私は言いたいです。
「神よ、その程度か・・」
 だってそうでしょ、世間の常識と物差しを持った神様なんて…。
 英語で1を取った森田君は、その後オトナになった私に問います。
「それでいいの?」
 私はいま61歳ですが、高校生の森田君が内在されています。

映画「ワンネス」 神父さん登場・愛って何?

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 きょうから上智の話をします。
 上智には学生全員が受けなければならない必須科目がひとつだけありました。
「人間学」という名前ですが、実は宗教学です。
 神父さんが教えます。
 私が入学した理工学部・電気電子工学科にも神父さんが来ました。
 ヨーロッパ出身でちょっと訛った(なまった)日本語でしゃべる人でした。
「ワタシハ、スペインデ、ウマレマシタ」
(笑)
 でも外人の神父さんだから本場のキリスト教を教えてくれるに違いありません。私は購買部に行き、聖書を買いました。だって聖書は絶対に必要だと思ったからです。
 しかし…、私は四年間の在学中に沢山の宗教学を履修しましたが、一度も聖書が使われたことがありませんでした。
 これがプロテスタントとの違いらしいです。
 カトリックは聖書を使って授業をしないのです。
 神父さんは神と繋がっているから、独自の展開ができるらしいのです。
 明日から愛についての話をしますが、かなり面白いと思います。
 愛についての概念が、変わると思います。
 少なくても私の一生を変えてしまう授業だったのです。
 ところで今のあなたにとって、愛って何ですか?

映画「ワンネス」 愛は技術か?

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 神父さんがテキスト代わりにした本の最初にはこう書いてありました。
「愛は技術か?」
 えーーーーーーーーーーーーーーー
 すごい問いです。
 愛に関して、こんな問いがあるとは思ってもいませんでした。
 この本は外人が書いた本です。
 原文では
「ラブ は テクニックか?」
 とでも書いてあるのでしょうか。
 夕方の授業なら僕は言いそうです。
「ボクハ、ミケイケンナノデ、モチロン、テクニックモ、ミジュクデス、アイノ、テクニック、イロイロシリタイデス」
 (笑)
 しかし僕たちの人間学は月曜日の9:15からでした。
 すがすがしい朝に、テクニックを駆使した愛の場面は浮かびません(爆)。
 にしても、愛は技術だと思いますか?

映画「ワンネス」 愛も科学ですか? そんなのイヤだあ

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 特に理工学部の学生は、愛と言われると、ポッと顔を赤らめるようなところがあります。
 そしてムフフと苦笑いしたくなります。
 愛は未知の領域で、しかも理科系的やり方で解明してはいけない…と。
 だから理科系の人間は文系の女性に惹かれてしまうのです。
 だって愛はどちらかといえば文系の領域だと思うから…。
 そこに「愛は技術か?」と問われると
「愛も科学ですか? そんなのイヤだあ・・」
 と言いたくなります。
 もしかすると文系のほうが「愛は技術か?」という問いを、受け入れやすいかも知れないと思いました。

映画「ワンネス」 愛だけが技術から例外なのか?

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「愛は技術か?」という問いを「愛は技術でなかったら?」という問いに変えてみます。
 たとえば愛は芸術でしょうか?
 でも芸術はかなりの部分が技術だと思いませんか?
 私は社会人になってから武蔵野美術大学の通信教育を受けましたが、やることは技術に関することばかりでした。
 今は映画の関係で作詞を5個も作りましたが、作詞の世界も技術だと思いました。
 こうして考えると、技術でないものが思い浮かばないのです。
 もしも愛が技術でないとすれば、愛だけが技術から例外なのでしょうか?

映画「ワンネス」 愛は今ここ

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 私たちは日常を生きています。
 しかし愛は日常を離れたものでしょうか?
 そんなはずはありません。
 日常の中で愛を生きていなければなりません。
 食べ物を食べるのと同じだと思います。
 日常生活に同化しているとすれば、崇高なものとして持ち上げること事態がヘンです。
 愛は目標ではないと思います。
 愛は今ここです。

映画「ワンネス」 愛の原理を知る必要がある

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 人間学の担当教授である神父さんが指定した教科書にはこう書いてありました。
「大きな希望と期待と共に始まりながら、きまって失敗に終わる活動や事業など、愛のほからには見あたらない。もしこれが何かほかの活動なら、人は失敗の原因をぜひとも知りたいと思うだろうし、どうすればうまくいくかを知りたがるだろう。さもなくば、いっさいその活動をやめてしまうだろう。愛することをやめてしまうことはできない以上、愛の失敗を克服する適切な方法は一つしかない。失敗の原因を調べ、そこからすすんで愛の意味を学ぶことである」
 愛は確かに崇高です。
 愛は世界を救うと思います。
 しかし愛は崇高すぎて失敗の原因を調べる対象にならなかったような気がします。
 愛の原理を知る必要があると思いませんか?

映画「ワンネス」 愛は技術

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 教科書の続きには次のように書いてありました。
「失敗の原因を調べ愛の意味を学ぶための第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、愛は技術であると知ることである。どうすれば人を愛せるようになるかを学びたければ、他の技術、たとえば音楽、絵画。大工仕事、医学、工学などの技術を学ぶときと同じ道をたどらなければならない」
 これが上智の全学必須の授業のスタートでした。
 僕自身、グラグラきました。
 愛が音楽、絵画と同列だとしても大工仕事と同じだとは…。
 いえ、そんなことを言えば大工さんに申し訳ないです。
 愛は、すべてと同じかも知れません。
 
 明日、中国からトラさんが来日します。
 9月19日の帰国までセミナーや観光に付き添います。
 なので愛のシリーズはトラさん帰国後に再開します。

映画「和」 トラさんインタビュー

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 トラさんが来日して、昨日はヒルトンホテルにて「和」のインタビューが行われました。
 いよいよ「和」がクランクインしたわけです。
 以下があらかじめ用意した台本です。
●ホテルの廊下を早足に歩く森田、後ろから撮る
振り返り、カメラ目線で
「このホテルに中国の考古学者で占いの達人でもある王虎応さんが泊まっています。これから訪ねてみます。実は私の友人でもあります。日本語も上手です。寅年生まれなのでトラさんと呼んでいます」
●ソファーに座って
★「普通の人はサインに気づきません。どうすれば気づけるようになりますか?」
回答例:無意識と仲良くなることです。普通は無意識の世界でキャッチしていても、意識に登らないのです。すべては繋がっていると思うだけでもサインに気づけるようになります。
★「成功したり運を上げたりする方法はありますか?」
回答例:良くないサインでも捨てないことです。時空は常に味方です。その人を助けようと思ってサインを出しているのです。だからそういうサインを捨てることは運も捨てることになります。運を上げたければ周囲に心を開くことです。
★「地球ではなぜ戦争が絶えないのでしょうか?」
回答例:自分の利益を最優先するからだと思います。
★「宇宙人と通信するとすれば、誰が地球人の代表だと思いますか? 国連事務総長ですか? アメリカの大統領ですか?」
回答例:地球人だれでもが代表だと思います。
★「神社に行くと運が上がりますか」
回答例:神社には良いエネルギーがあるので、パワースポットと同様に運が上がります。
 
 もちろんもっと沢山の質問をしました。
 しかし私があらかじめ書いた回答例を完全に崩されました。
 ここにも書けません。
 だって書けば炎上しそうです(笑)
 映画でもトラさんの答えをノーカットで入れるかどうか、これから映画会社とも議論しないといけません。
 写真はインタビュー風景です。
 背景が和風です(笑)。
 私は後ろ姿で映っていますが、カメラの真後ろです。
 こうすることで、トラさんはカメラ目線に近い形になるからです。
 二台のカメラで撮っています。
 トラさんは全然緊張していませんでした。

トラさんセミナー 青龍と白虎

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 トラさんセミナーが始まりました。
 今年は青龍と白虎がテーマです。
 青龍は男性に対応して、白虎は女性に対応します。
 エキスをひとつだけ書きます。
 家の玄関を背にして右側に木々があったとしき、その木々少し内側に倒れていれば、その家に住む女性は男性にモテます。
 きょうもセミナーは続きます。
 


「場」の不思議

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 弟子の郭さんはネットのチャットで占いをやります。
 そのとき、最初に占いたい人しか判断しないそうです。
 なぜならその判断が終わってから二人目をやろうとすれば、最初のときの「二人目」か、そのときの「二人目」か、という問題があるからです。
 場はこちらで引き寄せるよりも、向こうから来るほうが強いらしいのです。

トラさんセミナー 江戸城の風水はとても良い

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 スライドに映っているのは当時の江戸城の様子です。
 風水はとても良いそうです。
 天守閣や大奥の配置もバッチリで青龍と白虎のバランスも取れているそうです。
 戦いが減り、平和が長続きする風水だそうです。
 お堀で囲まれて、その水の配置も良いそうです。
 明治維新のとき、無血開城したのも、風水が原因だと思います。
 戦わずして勝つという言葉は有名ですが、戦わずして負けることも必要だと思いました。



映画「ワンネス」 愛は与えるもの

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 このシリーズは、上智の全学必須の授業です
「人間学」という名の宗教学です。
 教えるのは神父さんです。
 教科書の続きには次のように書いてありました。
「愛は何よりも与えることであり、もらうものではない。与えるとはどういうことか。この疑問に対する答えは単純そうに思われるが、実はきわめて曖昧で複雑である。一番広く浸透している誤解は、与えるとは、何かを犠牲にすること、という思いこみである。貯め込むといった段階から抜け出していない人は、与えるという行為をそんなふうに受け止めている」
 はい、言えてます。
 自分の中の何かを犠牲にすることだと勘違いしている人はいると思います。
 貯め込むという言葉で思い出すのは「自分の心の中を愛で満たして相手に与えなさい」とかいうフレーズです。この教科書によれば、自分を愛で満たす必要など無いのです。

映画「ワンネス」 愛は犠牲ではない

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 教科書の続きです。
「与えることは犠牲を払うことだから美徳である、と考えている人もいる。そうした人たちに言わせると、与えることは苦痛だからこそ与えなければならないのだ。彼らによれば、犠牲を甘んじて受け入れる行為にこそ、与える美徳があるのだ」
 はい・・。
 自分の中を愛で満たしてから人を愛するという論理の中にもこれは感じられます。
 なぜ自分を愛で満たさないと人を愛せないのでしょうか?
 それはたぶん、与えるということの誤解から来ているのかも知れません。
 なぜなら自分の中に愛が満ちていないと与えることすらもできないと考えがちだからです。

映画「ワンネス」 愛の目的

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 スペインから来た神父さんは言いました。
「キョウハ、アイノ、モクテキヲ、ベンキョウシマス」
 という感じで言いました(笑)。
 いいですねぇ、少しなまっていたほうが雰囲気が出ます。
 以後、この神父さんを「G神父さん」と呼びます。
 さてG神父さんが取り上げた本の続きです。
『人間が動物と本質的に違うのは、人間が本能の世界から抜け出し、自然を超越したということである。もっとも、人間が完全に自然から離れることはない。あくまで人間は自然の一部だ。とはいえ、ひとたび自然から引き離されると、もう戻ることはできない。ひとたび楽園から追い出されてしまったら、戻ろうとしても、燃える剣をもった天使に行く手を阻まれてしまう。人間は新しい調和を発見することによって、前進するしかないのだ。男と女は、自分自身を、そしてお互いを知った後、それぞれが孤立した存在であり、別々の性に属しているという意味でたがいに異なった存在であることを知る。しかし、自分たちがそれぞれ孤立していることは認識しても、二人はまだ他人のままである。まだ愛し合うことを知らないからだ。人間のもっとも強い欲求とは、孤立を克服し、孤独の牢獄から抜け出したいという欲求である』
 この文章に対する私の意見は、明日入れます。

映画「ワンネス」 愛は単一の目的のため

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 愛に目的があったのだということが、当時の自分にはすごい気づきでした。
 自動車は走るためにあり、電子レンジは暖めるために存在します。
 けれど愛は、単一な目的のためではないと思っていたからです。
 愛はすべてを救うものだとすれば、目的をひとつに絞ることはできません。
 しかし教科書によれば、愛は自動車や電子レンジのように単一の目的があったのです。
 孤独の解消のみです。
 メチャメチャ利己的です。
 自分のために人を愛するのです。
(続く)

映画「ワンネス」 愛の目的はひとつでいいの?

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 昨日は、愛は単一の目的のためと書きました。
 携帯電話は通話、カメラ、電卓等の機能があり、単一ではありません。
 パソコンはもっと機能が豊富です。
 人それぞれ使い方が違うます。
 つまり、ひとことで定義することができません。
 愛もそうだという人は多いです。
 けれど教科書に、そうは書いてありませんでした。
 愛は技術だと言っているページもありました。
 技術を論じるためには目的がひとつであるほうが良いです。
(続く)

映画「ワンネス」 愛は手段のうちのひとつ?

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 教科書によれば、愛の目的は孤独を癒すことだそうです。
 しかし、孤独を癒すのは愛だけではないはずです。
 実際に教科書の著者も書いています。
「たとえば仕事に没頭することも孤独を癒せます」…と。
 ということは、愛はワン・オブ・ゼム、つまり手段のうちのひとつだということです。
 世界を救うはずの愛は、この程度だったのでしょうか?

映画「ワンネス」 孤独が愛への一歩

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 教科書の著者は孤独を最も重要視しました。
 しかし私たちの多くは、孤独をそれほど感じてはいないように思います。
 それは、感じないようにしているのかも知れません。
 でも孤独がなければ、人は愛することができない・・と、教科書では言っているようなものです。
 だとすれば、孤独を感じることが愛への一歩なのだと思います。
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