BOBUさんは、「絵に描いて伝えたいくらいです!」と言いました。
ここからはBOBUさんを離れます。
私は臨死体験をしました。
3才の時に手術の失敗で私は手術室の上に浮いていました(笑)。
そのとき年上の従兄弟が父に言いました。
「家に帰って次のを作ったほうがいいよ」
これを聞いて再び肉体に戻ります(笑)。
その後、家のカメ(水道が無いので外の井戸からくみ置きをしていて)に頭から落ちてしまい、その時も体脱をして見ていました。従兄弟が飛んできて僕を引っ張り上げました。
実は、両方とも鮮明に覚えていて、絵に描くこともできます。
しかしです。
普通の記憶はそうではありません。昨日の出来事すら絵に描くことはできないでしょう。人は全部を見ているわけではないですから。
立花隆が「臨死体験2」で、被験者に絵を描かせました。全員が非常に上手に書きました。それにヒントを得て私は生まれ変わりの村で、絵を描くことを依頼しました。しかし依頼された人が「それは無理だ」と言いました。同じことが数人続いたため、絵は断念しました。
生まれ変わりの村の人たちは、あの世でスカートが揺れたりする証言ができるくせに、絵は描けない。
普通に死ぬのと臨死体験は、ここに差があるのかと思いました。
私たちにとって、思い出って何でしょう?
高校時代、隣の席の人も後ろの人も覚えているのに、他は知りません。毎日毎日同じ席に座っていたはずなのに。
隣と後ろの人を思い出しても、強烈な「思い出」は帰ってきません。
しかし、あの頃流行った曲を聴くと、涙すら出てくるときがあります。
前世記憶者は言語を覚えているようです。
なんか、似ていませんか?
私たちが死んで生まれ変わったとき、今世をどんな感じに思い出すのでしょうか?
また例のことを書いてしつこいですが(笑)、立川駅のことは強烈に覚えています。
Uターンしたとき、人がぶつかる感じ、もう間に合わないという感じ、
しかし絵に描くことはできません。
それはたぶん・・
思い出は、スポットライトを当てる現象かも知れないと思うからです。