引き続き、山川紘矢さんの言葉です。
ぼくたちは、「自分でやっている」と思っても、本当は自分でやっているのではないかもしれない、と最近、ますますそんな気がしています。自我を捨て、「神様の道具になっている」と思えば、何でもうまくいくのかもしれませんね。
『天国はここにあり』(山川紘矢著、ダイヤモンド社)より
これはすでに紹介したワンネスメルマガに載っていまして、私のコメントは以下です。
はい、私もそう思います。自我が強いと、環境に対するアンテナの感度を下げると思うからです。私たちは自分ひとりで生きているのではなく、環境との調和の中で生きているから、アンテナの感度を上げると、何でもうまくいくようになると思います。
コメントの追加
私はこれで生きていると言っても過言ではありません。高二で物理方程式に神を感じて以来、、ずっとそうです。なのになぜ世の中の人は「道具」になることができないのか、ちょっと不思議です。
ぼくたちは、「自分でやっている」と思っても、本当は自分でやっているのではないかもしれない、と最近、ますますそんな気がしています。自我を捨て、「神様の道具になっている」と思えば、何でもうまくいくのかもしれませんね。
『天国はここにあり』(山川紘矢著、ダイヤモンド社)より
これはすでに紹介したワンネスメルマガに載っていまして、私のコメントは以下です。
はい、私もそう思います。自我が強いと、環境に対するアンテナの感度を下げると思うからです。私たちは自分ひとりで生きているのではなく、環境との調和の中で生きているから、アンテナの感度を上げると、何でもうまくいくようになると思います。
コメントの追加
私はこれで生きていると言っても過言ではありません。高二で物理方程式に神を感じて以来、、ずっとそうです。なのになぜ世の中の人は「道具」になることができないのか、ちょっと不思議です。